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Category : ガキ時代
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レースが終わって家に帰り、親父にこのことを得意げに報告したところ、
こっぴどく叱られたことを覚えています。

しかしこんなことでくじける?クソガキではありません。

時には登る途中、脱輪した軽トラを助けてあげ、そのおじさんに小遣いをもらったりと、
ほほえましいエピソードもあります。

何回も開催するうちにテクニックも身に付きます。
転倒なんかの小トラブルはありましたが、
転落、骨折などの大きなトラブルが無かったのは幸いでした。

慣れて、スリルが無くなると同時に、子供の熱はすぐ冷めます。
ダウンヒルごっこは誰もしなくなりました。


大坂峠にこだましたクソガキの叫び声は、
また別の遊びに移っていきます。




今度、その大坂峠の下り坂を
本当にブレーキ3回程度で下りられたのか再検証に行ってみたいと思います。

それはできるだけ近いうち、レポートします。


ツールド大坂峠(クソガキ編)おわり


どうも小説家としての才能は無いようです。。。
読み返してみると前日の夜に書いたラブレターを朝に読み返すような気持ちなので、明日から平常に戻ります。


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今思うと。
彼の無鉄砲さは運動神経の良さから来る自信だったのでしょう。

今、瞼に焼き付いているのは
見事な”リーンウィズ”颯爽とコーナーを曲がっていきます。

バイクの世界ではコーナーを曲がるときに”ハングオン(ハングオフ)”と言ったお尻をずらし重心を大きくコーナーの内側に移動させるコーナーリングをよく見ると思いますが、

コーナーリングの基本は”リーンウィズ”という、これは重心をずらさない方法です。
白バイ隊員がコーナーを曲がるときに美しいフォームが見られます。
バイクに乗る人は良く知っていると思います。


そう、彼は数々の平地レースの中でこの基本のコーナーリング方法を自然と身につけていたのでした。


”ブレーキ無しで曲がれる!!”とわかると負けん気の強い連中は次々と彼を真似して急コーナーに突っ込んでいきます。

しかもS君を抜かそうとする強者もでてきます。

俺もやけくそで突っ込んで行きます。

クソガキ達の叫び声が山をこだまします。
もう涙と、鼻汁まみれ。

よく前から車がこなかったものです。



3回のブレーキですが、
ブレーキを掛けないと物理的に絶対に曲がれないカーブが何カ所かあります。


しかし私のブレーキはどういうものかというと、
後ろブレーキしか効かない自転車でした。

なぜかというと、一度、自転車操作を誤って、小さな用水路に突っ込み、
前タイヤを用水路にかかっている橋に勢いよくぶつけてしまうアクシデントに見舞われたことがありました。

もんどりうって田んぼに落ち込みましたが、
幸い着地したところはレンゲ畑で体はどうも無かったのですが、
自転車の前タイヤを強打したため、フロントフォークが後ろ側に少し曲がり、
つねにブレーキがきいた状態になってしまいました。

その当時の自転車は、ワイヤーを利用してリムをブレーキシューで挟むものではなく、
鉄の棒がブレーキシューを引き上げるモノだったため、
フロントフォークが曲がるとブレーキシューがリムにひっついてしまう構造だったのです。
そのままでは進まなくてどうしようもないので友達2人でブレーキシューを
力任せにとってしまいました。

その後、消しゴムをシューの代わりに挟んでいました。バカです。


さて俺の場合はそのこともあって恐怖は2倍です。
サーキットの狼のヒーローになりきるどころの話ではありません。
ガードレールに突っ込まないよう必死です。

つづく



「よっしゃいくで」

これはダウンヒル競争、進行役の挨拶です。
臨戦体制に入ったとき、

「ただ下りるだけではおもっしょーないの、下りはブレーキ3回しかかけたらいかんでー、3回以上は反則やでー。」

学年一無鉄砲なS君がいいました。

「エーーー無理やわ!!」
と俺が言いかけた瞬間、S君が飛び出しました。

「うわーーーー」

「まてーーーー」

「まって おしっこしたーい」

もう怒濤の全員スタートです。

さて最初のころのコーナーはゆるめのカーブでブレーキ無しでも曲がれます。

しかし、キツイコーナーにそろそろさしかかります。

「S君頼む。ブレーキ掛けてくれ。」

俺は心の中で叫びます。

明日の朝刊に
”小学生、大坂峠から自転車で転落 無謀な少年達”

という新聞見出しが頭をよぎります。

しかしS君は本当にブレーキ無しで突っ込みます。

「あああああーーーーほんまにいったーーーー。」


つづく。


今日は眠いのでここまで。


「ほんまにのぼったんか。」

「ほんまじゃわ。」

こんなやりとりが何回か続き。

「ほなみんなで登ってみよでー。」

「よっしゃーいこでー」

「ゆーとくけど、むちゃくちゃえらいでー」

その日、学校が終わってランドセルを急いで置きに帰り集合。
クソガキ達はおとなしく宿題をすませてから遊ぶということはしません。
思い立ったら一直線です。



子供の頃、遊びに出かける時は、
「いってきまーす。」
の後に
「井戸に落ち込まれんでー。」
が挨拶でした。
香川県は昔から水不足であちこちに井戸が掘られており、
田圃の縁にある井戸は茂みに覆い隠されていることがあり、
それに気が付かず、子供がよく落ち込んでいました。

誰かが行方不明になると一斉に井戸の中をのぞき込み、
たいていはそれで見つかり、命を落とすということはありませんでした。




峠の登り口に
10名くらい適当にメンバーが集まった時点で早速登り始めました。

「しんどーーーーい」

「えらーーい」

「死ぬーーー」

「ほなけん、えらいゆーたやろ」

口々に言いながらでもなんとか全員が登頂に成功。


「おーー みてみーきれいやぞーー。」

季節がはっきり思い出せないのですが。秋だったとおもいます。。
橙色の夕日に照らされた山の尾根尾根と、遠く見下ろす自分たちの住んでいる町並み。

それに見とれる子供達の澄んだ笑顔が、今でも心の奥に焼き付いています。



ちょっと一服して、

さて下りようかというとき、

誰かが変なことを言い出しました。


つづく。


ある日、特に仲の良かった3人が自転車で集合。
何をして遊ぶかと言う話になり。

俺が、おそるおそる
「大阪峠、自転車で上がってみん?」
というと。

「おお!!行こう、行こう」
と、以外な返事が返ってきた。

何故以外なのかというと、
それまで上級生の遠足で歩いて登ることはあっても、
子供が自転車で登ったと言う話は一度も聞いたことが無いし、
後から知った話なのだが自転車で登ることは禁止されていたらしい。

とにかくちょっとした冒険のような気持ちで登った。

麓から県境の展望台まで約5km。高度差約200m
現在は展望台が整備され、
南原繁大先生の歌碑とパラグライダーの滑走路があります。



距離にすると大したことは無いのだが、子供にすれば結構な斜度。
なによりも、くねくねと曲がりくねった見通しの悪い峠道と、性能の悪い自転車。

何分かかって登ったのだろうか。
登ったときにはへとへとで汗まみれ。
子供ながらに励まし合って登ったことを記憶しています。

到達したときには、何かすごい事を成し遂げたようなものすごい充実感と達成感に包まれていました。

”これが私の自転車生活への目覚めへの第一歩の出来事だったのかもしれません。”

その日はゆっくりと坂道を下っていきました。

そして次の日、学校でそのことを他のクソガキ達に伝えると。

つづく。

プロフィール

まげまげどん

Author:まげまげどん
40才をすぎてまた自転車に目覚めました。

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